人とつながる暮らしと、非日常を味わう宿。

山里の香りただよう宿 ふらり高木啓介さん・綾子さん

きく

SANTOHJIN

ただいまとおかえりのあるお宿

「ただいま」、二度目に訪れる人はこう言って門をくぐるといいます。 

「おかえりなさい」、と迎えてくれるのは高木啓介さん、綾子さん夫妻です。 

白山麓の小さな集落、仏師ケ野ぶしがのにある民宿『ふらり』。 

 

通りから一本小道に入り、赤い鉄橋を渡ったところにあります。まるで非日常への入口のように感じさせる素敵なアプローチ。 

古民家を生かした宿には、日常の喧騒を忘れる心地よい時間が流れています。 

 

カチコチと大きな振り子時計が時を刻む音、

囲炉裏に火が灯ればパチッと炭が弾ける音、 

窓を開ければそよぐ風の音。 

 

日頃忘れていたものの声が聞こえてくるようです。 

窓の外には雄大な白山の自然が広がり、身も心もほどけていきます。

きっと初めて訪れた人でも、故郷がない人でも、どこか懐かしく「帰ってきた」という感覚になるのではないでしょうか。 

 

 

宿を営む高木さん夫妻は、金沢と小松で生まれ、それぞれ白山麓には縁もゆかりもありませんでした。 そんな二人がこの地に来て16年。 

 

どうして仏師ケ野を選び、民宿を営み、暮らしを続けているのか、話を伺いました。 

 

ぶれなかった、宿をやりたいという思い 

 

宿を開きたいというのは夫・啓介さんの念願だったといいます。 

 

高校卒業後は一般企業で会社員をしていた啓介さんですが、二十歳でハマったスノーボードで一念発起。 

仕事を辞めて長野県の白馬で1シーズン、ペンションで住み込みのアルバイトをしたそう。 

 

「それがきっかけで、いつか自分の宿を開きたいと思うようになりました。ですから、当初は何となくログハウスのペンションを考えていましたね」。 

 

 

白馬から帰ると、啓介さんは料理の修業のために金沢市内の和食店で働き始めます。 

 

腕を磨きながら、宿の構想を深め、たどり着いたのが一日2、3組限定の和風のお宿。 

「子どもの頃に家族でいろり宿に泊まりに行ったことがあったんです。その原体験もあっていろりを囲んでくつろげる宿にしようと思いました。建物は新しいものではなく、あのいろり宿のように土地に代々ある建物がいいと思い、物件を探し始めました」。 

 

仏師ケ野ぶしがのとの出会い 

 

川がそばにある、そして小さな道やトンネル、橋の先にありそこを抜けると懐かしい香りがただようそんな小さな村。 

 

啓介さんには具体的なイメージがありましたが、物件探しは難航し、今の物件に出合うまで約2年の歳月が流れました。 

特殊な物件探しだからこそ、自分の足で探し回り、時には知り合いの大工さんに付き添ってもらって、空き家が宿として改装できるかも相談しながら探していたといいます。 

 

「これだと思う土地や家に巡り合えても、譲ってもらえないんですよね。空き家とはいえ、代々受け継いできた家を手放すのには戸惑いや抵抗もあるんだと思います」と啓介さん。 

 

そんな中辿り着いたのが、冒頭のような鉄橋のアプローチがある仏師ケ野でした。 

 

「橋を渡って町に入ることが理想的で。集落を歩いていると湖に面したこちらの家を見つけました。窓ガラスも割れていて、空き家なのは一目瞭然。近所の方にその空き家のことを尋ねると、偶然にも持ち主の親戚の方だったんです。その方に取り次いでいただき、譲っていただけることになり、本当にうれしかったですね」と啓介さん。 

 

 

料理人の啓介さんにとって、白山麓は山の幸に恵まれていることも魅力の一つでした。 

「豆腐、きのこ、川魚、ジビエといった食材が豊富で、それらをいろりを囲んで味わっていただけます。献立は季節や来られる方の要望、2度目以降の方は前回の内容からの変更など、その方々に合わせた提供をしていますね」。 

 

いつのまにか女将さんに 

 

一方で、妻の綾子さんは初めて連れて来られた時にその古民家の状態に驚きを隠せなかったといいます。 

 

「今まで連れて行ってもらった中で一番ボロボロでした。思わず大工さんに『本当にここ、大丈夫ですか?』と聞きましたよ。主人の意気込みと大工さんの『大丈夫』を信じるだけでしたね。

実は周りからは物件より人里離れた場所で民宿をすること自体を心配されていたんです(笑)。でも、不思議と宿をすること自体には心配はなくて、主人と一緒に民宿をするものと思っていました」。 

 

 

綾子さんの前職は介護職だったそう。 

「いつだったか、主人に『介護職は究極のサービス業だ』と言われたことがあるんです。要望を言えない方もいましたから、やってほしいことは何だろうと考えて動くことが身についています。宿でもこういうものを置いてみようか、これを準備しようか、って思いつくままに動いて。正解はわかりませんでしたが、気張らずにやってみて。お客さんから女将さんと呼ばれるようになって、初めて『あ、私、女将さんになったのか』と思いました」。 

 

自分たちが泊まりたいと思える宿を常に意識する二人ですが、宿にある細やかな配慮や飾りは綾子さんの気付きから反映されることも多いといいます。 

 

白山麓は意外と市街地から近い 

 

職場の近くに住まいも構えた高木さん夫妻。 

「たぶん、この辺に住んでいる方からすると、金沢や小松に出るのってすごく近いんですよ。私もその感覚があって、全然市街地から離れていると思わないんです。白山麓ってすぐに街中に出れる山奥かもしれませんね」と綾子さん。 

 

啓介さんは初年度の雪に驚いたといいます。 

「対策をしていなかったから、屋根雪が地面に積もって宿の入口を掘り起こすのが大変で(笑)。

今は対策にも慣れてきましたし、子どもたちも雪下ろしを率先してくれます。家や宿の周りは自分たちでしなければなりませんが、道路には除雪車が入ってくれるからここまでの運転は案外スムーズなんですよ。金沢の大雪の方がよほど大変です。

お客さんで、雪景色や静けさ、冬の食材をふんだんに使った温かい料理などを求めて、あえて冬を選んで来てくださる方もいらっしゃいますね」。 

 

何よりも大切にしたのは人と人のつながり 

 

高木さん夫妻がこの地に移り住んで、何よりも重きを置いたのが、人とのつながりでした。 

綾子さんは子どもを介した交流の場に積極的に参加。 

 

「とにかく自分から顔を出すようにしていました。人付き合いが特別得意ではありませんでしたが、暮らしていく上で人間同士のつながりは何より大事だと考えていましたからできるだけ参加して。関係ができてくると、何かあれば助けてくださったり、外から来る人に『ふらりさんいいよ』って勧めてくださったりして、うれしかったですね。 

ご近所付き合いでは、集落に子どもがいなかったのもあって、子どもたちはすごくかわいがってもらいました。宿の外にブランコがあったのわかります? あれも近所の方が子どもたちのためにって作ってくださったんです」。 

 

 

一方の啓介さんは商工会に顔を出して横のつながりを構築していきました。 

「越してくるまで知らなかったのですが、案外山手には若い人がいるんですよ。仲間に入れてもらうのも仕事と思って積極的に参加するようにしましたが、受け入れてもらえるのが早くてありがたかったです。 

今はこの町には私たち家族だけになってしまい、町会長の集まりにも呼ばれます」。 

 

 

二人の一日は宿泊客の朝食を用意するところから始まり、11時に見送り、それから片付けや掃除などの準備を行い、次のお客様を迎えるのは早ければ15時。 

そんな忙しい合間に、商売のため、暮らしのため、家族のためと、人とのつながりを築いてきました。 

 

またふらりと帰ってきてくれる場所に 

 

『ふらり』は客の8割がリピーターです。 

 

場所や宿の雰囲気、高木さん夫妻のもてなし力、料理、理由はそれぞれでしょう。 

「また来てくださるのって本当にうれしいし、二度目、三度目になると、一緒に話そうと誘ってくださる方もおられて、お客さんなのですが、私たちも帰ってきてくれたって気持ちで迎えています」と綾子さん。 

 

啓介さんは料理人の観点から、「初めての方には必ずマスの寿司を出すんですが、2回目からは旬や要望にも合わせて献立を考えます。今年で15周年、16年目に入りました。一日2組だけの宿だからこそのもてなしを続けていければと思います。ぜひ一度訪れて、白山麓の良さを感じてください」と語ってくれました。 

 

 

 

「大切な方と大切な時間を過ごしていただきたい」。 

大事にしているこの”想い”を胸に、二人は今日もお客様を迎えます。 

店舗詳細

山里の香りただよう宿 ふらり

住所
石川県白山市仏師ヶ野町乙55
電話番号
076-256-7550