自分の心に正直に、好きなことをして生きる

設計に喫茶店、ヤギの飼育に養蜂まで

白山市吉野の田園風景が広がるのどかな一帯に、自然の中に溶け込むように佇む木造の大きな建物が2棟あります。一棟は「喫茶　大工集団欅」、もう一棟は喫茶店のオーナーである建築士舟田良一さん・のり子さん夫婦の自邸です。

約20年前からこの地で生活をスタートしたお二人。喫茶店を営む傍ら、10年前から2頭のヤギを飼ってヤギミルクを使ったチーズケーキを作ったり、養蜂をしてはちみつを販売したりしているそう。「ベースは建築ですが、この地に住んで『こんなことをやってみたい』がどんどん増えていきました。私たちは好きなことをやっているだけです」と話す良一さんとのり子さんに、人生を楽しむコツをお聞きしました。

良一さんは金沢市出身。大学を卒業後、会社員を経て建築事務所を営むと同時に大学で教鞭を執っていました。30代半ばの頃、東京から石川を訪れ白峰のスキー場へ向かう際、たまたま通りがかったこの土地に一目惚れ。「都会のようなごみごみした場所が嫌で、いつかは田舎暮らしをしたかった」といい、迷わず移住を決めました。

はじめに手掛けたのは自宅です。寺社の建築方法である「鎌欠法」を採用し、自ら図面を作成。4トントラックや軽トラック、クレーン車を購入していちから建設したというので驚きです。完成までに6年を費やした建物は、頑丈で堂々たる佇まい。贅沢に無垢材だけを使用しており、木の魅力を存分に感じることができます。

29種類もの木材を使った喫茶店

東京時代にジャズ喫茶を営んだ経験もある良一さんは、自邸に続いて喫茶店の建設に着手。インテリアや照明、家具のセレクトはインテリアコーディネーターの資格を持つ、のり子さんが担当しました。

大切にしたのは「お客さまに本物の木の良さを知っていただく」こと。29種類もの木材を使っており、まるで自然に抱かれているような心地よさを感じることができる店内。こだわりの音響から流れるジャズの音色に耳を傾け選び抜かれた椅子に深く腰掛ければ、心身共にリラックスすることができます。

コーヒーや紅茶といったドリンクメニューがそろいますが、中でも人気を集めているのは、のり子さんが手掛けるアップルパイです。長年愛された洋菓子店が閉店するに伴い、直接頼み込んでレシピを教わったというアップルパイは、甘いりんごがぎっしりと詰まった満足感のある食べ応えに仕上がっています。

こちらのアップルパイは『道の駅　めぐみ白山』と『JA白山ファーマーズマーケット よらんかいねぇ広場』でご当地商品として販売もされており、白山麓を代表するお菓子としても評判です。

喫茶店を営む傍ら、建築業として現在も図面を描いているという良一さん。これまでにログハウスの図面をいくつも手掛けただけでなく、実は、国宝に指定されている「薬師寺　東棟」を改修する際の図面を描いた実績の持ち主でもあります。

お客さまのなかには「喫茶　大工集団欅」を訪れた際に良一さんの建築に惹かれて図面を依頼する人もいるそうで、店を通じた出会いを楽しんでいます。

ヤギの飼育や養蜂を通じて自然と共に生きる

2015年に国連総会で「持続可能な開発目標（SDGs）」が採択される以前から、持続可能な社会を意識していたお二人。2011年から始めたというヤギの飼育は、のり子さんの希望から実現したもの。「ヤギは雑草を食べてくれるし、糞は堆肥になります。自然のなかで暮らす私たちにとって、良い循環を生み出してくれるヤギを飼うことは理にかなっています。またヤギ乳は栄養価も高い。ぜひやってみたいと思いました」と話します。

現在育てているのは、母親のやよいと子どものすず。やよいが子育て中だった頃は、ヤギミルクを使ったチーズケーキを作ったり、メーカーと共同でヤギミルクの石鹸を作ったことも。これまでに生まれたヤギは里子に出し、ヤギを通じて能登や金沢、県外にもつながりが生まれたのだそうです。

また、2016年から取り組んでいるのが養蜂です。植物の受粉を担い、生態系を守る鍵となっているミツバチ。「ミツバチがこの地球を支えています。ハチの世界はとても魅力的です」と良一さん。ミツバチの行動範囲は巣箱から2〜3kmといわれており、季節ごとの花の蜜を集めたはちみつはまさに自然からの贈り物。お客さまからも「おいしい」と評判だそうで、「季節ごとの風味を楽しんでいただきたい」と話します。

シンボルツリーの名を店名に冠する

テラスで堂々と枝を広げているのは、店名の由来でもある欅の木です。「テラスに影を作りたくて、ここに欅を植えました。欅の木は自己主張が強く、大工に言わせれば『言うことを聞いてくれない木』ですが、ぼくはそんな特徴も含めて好きです」。

木の良さを熟知し、本物にこだわる良一さん。木の幹のようにしっかりとした信念があるからこそ、どんなことにも物怖じせず挑戦できるのだとインタビューを通じて感じました。

幸運や長寿といった木言葉がある、欅の木。アイディアが尽きず、チャレンジ精神豊富な舟田さん夫妻をこれからも支え、幸運をもたらしてくれるに違いありません。